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VOLUME 02 | 共感演技で新たな一歩を踏み出した 「ミュージカルのアイコン」キム・ジュンス

by thebom posted Feb 23, 2016
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共感演技で新たな一歩を踏み出した

「ミュージカルのアイコン」キム・ジュンス

<デスノート>の「エル」役を演じ、

吸引力の高い演技で真価を再確認

 

「ミュージカルのアイコン」であるキム・ジュンスの共感演技が話題を呼んでいる。

去る6月20日から8月15日までキム・ジュンスは城南アートセンター・オペラハウスで公演したミュージカル<デスノート>でどんな事件でも必ず解決する世界最高の名探偵「エル(L)」役を演じて優れた心理描写と精細な演技力で観客から拍手喝采を浴びた。

「エル(L)」は間違った正義感に囚われて自分だけの新世界を構築しようとする「ライト」(ホン・グァンホ)と運命をかけた一本勝負をする人物。大胆で優れた推理力によって「ライト=キラー」という事実を証明することに99%成功するが、デスノートのルールを利用した「ライト」の計略に陥って残りの1%を引き出すのに失敗してしまう。結局「エル(L)」は「ライト」の計画通りに死神「レム」のデスノートに名前を書かれて命を失う。

キム・ジュンスはこの作品で「マンチッナム(漫画を破り出てきた男という意味)」というニックネームを得るほど優れたキャラクター表現力を見せて再び自分の真価を確認させた。相手との一歩も譲らない頭脳戦を現実感あるように表現し、観客の感性を刺激する演技は期待を充足させた。爆発的な高音でも安定したほとばしる歌唱力を披露して彼の名声を立証した。怒りと純粋が共に存在する彼のボイスは「エル(L)」というミステリーな人物を形象化して観客を戦慄させた。

彼の演技は観念的かつ抽象的ではなかった。むしろ舞台の上に絵を描くようにキャラクターを具体的に描写した。よれよれのジーンズに肩まで垂れ下がっただぶついたシャツ、蹌踉めく足取りに大いに乱れたヘアスタイル、目の下の濃いクマとキャンディを口に加えた姿は、間違いなく漫画中の「エル(L)」そのものだった。シンクロ率100%のキャラクター解釈力は作品に対する信頼度を一層高めた。

実は最初にキム・ジュンスがミュージカル<デスノート>への出演を決定したというニュースが伝えられたとき、多くの人々は彼が当然に「ライト」役をすると予想した。スマートなビジュアルと模範的なイメージが「ライト」役に極めて似合うという考えからだった。しかし、この「完成型俳優」は大衆の先入観を果敢に破った。

彼の選択は「エル(L)」だった。評壇は首を傾げた。神秘なイメージはあるがややくたびれた身なりの多重的な人物とキム・ジュンスはマッチされなかった。お互いに似合わないような見知らない組合だった。それは衝突だった。キム・ジュンスと「エル(L)」は距離があるように見えた。しかしキム・ジュンスはそれさえも偏見であることを立証した。彼はこの難解なキャラクターを完璧に消化した。予測可能な慣れた事を拒否した彼の変身は強烈なインパクトを起こした。

キム・ジュンスは反転魅力で一般の予想を痛快に覆した。これまで<エリザベート><ドラキュラ>などの作品を通じて破格的なヘアスタイルとカラーでキャラクターを投影してきた彼は今回も開幕直前、ポスターとミュージックビデオを通じて果敢なミント色のヘアカラーを公開し、人々が思いもよらなかったアイデアを披露した。

彼の逆発想は直ちに新鮮な話題を呼んできた。これは固定観念と踏襲に対する胸がすっきりする堂々たる制動だった。また、新鮮な制動だった。そうでありながら大衆がミュージカル<デスノート>に注目するようにし、凝集させる卓越した効果を発揮した。むしろ「エル(L)」という架空の人物が実際にそうかもしれないという共感を呼んだ。

彼が今回の作品で評壇と観客を驚かせたのはスマートでダンディーなアイドルのイメージを脱ぎ、廃人スタイルのキャラクターにビックリするほど変身したビジュアルだけではない。彼は「キラ事件」に介入して想像を越える推理力をもってキラの正体を明かし、ひたすら自分だけが世界の正義だという間違った欲望に捕われた「ライト」と熾烈な心理戦を繰広げる「エル(L)」の内面をディテールな演技で表現した。

何よりも優れていることは観客の共感を引き出す卓越した演技力だった。彼を通じて目には見えないが、確実に存在する時代を巡る悲劇の現場が生々しく舞台で繰広げられた。キム・ジュンスの「エル(L)」は漫画や映画など以前のコンテンツで消費された「エル(L)」と次元が違った。彼の立体的な演技は舞台という制限された空間の中で体をもって表現し、観客に説得力をもって 伝えるしかない空間芸術の限界を越えたものだった。

そのため、観客の立場からは作品のストーリーテリングが手に取れるように近づいた。彼の演技をみて「エル(L)」の観点で思考し、行為に対する価値を付加することができた。わざと登場人物間の葛藤関係を理解したり、ドラマ構造を分析する手間をかけなくてもよかった。現実とファンタジーを行き来する彼の演技はまるで測定されない自然の性質のように客席に伝えられて、認識された。

定型化されていない彼の演技には歪曲がなかった。余計なものがなく淡白だった。しかし、この若くて賢い俳優は過度に自分(あるいはキャラクター)を客席に投射して感情的な刺激を氾濫させる愚な事は犯さなかった。下手に華やかに修飾したり飾ろうとしてなかった。むしろ静かで隠密に近づいて共感の接触を試みた。まるで観客の心を全て気付いているようだった。彼らの内面がどんな感情状態にあるかを隅々まで認知して分別し、計算していたようだった。

 

いつの間にか比較不可の境地に至った彼の演技は説明の対象にならなかった。まるで花の美しさを論理的に説明できないことと同じ理だった。満開の花を見て美しさを感じる人に敢えてその物理的な現象を説明する行為が必要ではないように、絶頂に達した彼の演技を置いてこれと言った説明を付けるのが不自然である。ただ観客は頭で解釈する前に胸で感じ、感情に受け入れ、状況に同化されるとそれで十分である。このすべてがキム・ジュンスの感性演技があってこそ可能だった。

彼の演技が驚くのは、観客が舞台の上で繰広げられる事件に第3者ではなく自分の主観的な経験に陥るようにする素晴らしい吸引力を備えているということだ。感情の変化を同視するように強要しなくても観客がまるで自分のことのように没頭させる力を持っている。

舞台の演技者が観客を状況に注入させようと無理に誇張したり遣り込めなくても水が流れるように自然に作品に溶け込み、メッセージが持つ意味を見出せるよう親切に案内した。観客は感情移入を通じて舞台に没頭するようになり、直ちに作品の中に盛込まれている演出の思惑まで簡単に把握した。それでキム・ジュンスの公演を観覧する観客はキャラクターの感情の中へに憑依されるよう吸い込まれて彼の立場と状況に置かれた。観客は単純に舞台上の俳優を見て一次元的に理解することに止まらず、キャラクターに自分を投影して照応した。自分の思考と感覚、精神はいつの間にか舞台上の「エル(L)」と融合された。

「エル(L)」に対する憐憫と支持、「エル(L)」に対する同調と納得は全ての人体感覚器官の細胞が目覚めるように物理的に認識された。そして「エル(L)」の喜びに歓呼し、「エル(L)」の涙に悲しみ、「エル(L)」の死に驚愕した。「エル(L)」が痛むと共に痛み、「エル(L)」が走ると共に走り、「エル(L)」が準備運動をすると自分の体がピクピクし、「エル(L)」が激烈にテニス競技をすると息切れがした。

そのような面で彼の演技はつまり舞台と客席の共感が発現される地点だった。「エル(L)」の感情と行為は客席に転移され、観客の内面で再誕生した。観客は舞台上の「エル(L)」の変化に敏感に反応した。劇がクライマックスに向かうほど緊張感が高くなる「エル(L)」の感情は彼の演技にを乗って客席に素早く拡散された。ドラマチックで激情的な響きは「エル(L)」の自殺シーンで劇的に広がって共鳴した。何よりも驚いたのはこのようなエネルギーが観客の自らの努力ではなく、舞台上の俳優を通じてそのまま伝達されたという点である。

観客との共感は彼にとってまるで意思疏通のようなものだ。それゆえ拒否感がない。俳優が感情に偏らないので観客はさらに集中して客観的に劇に没頭できる。それがキム・ジュンスの共感演技が持っている強い力である。そうみればキム・ジュンスは今まで自分が出演した作品で観客を舞台外の外部世界から観望する「傍観者」に放っておいたことがない。デビュー作だった<モーツァルト!>から<ドラキュラ>までフィルモグラフィーが増えるたびに彼は進化された演技でキャラクターを通じて観客と積極的に交感した。

単にミュージカルだけではなくコンサートでも、テレビの音楽放送でも彼は観客と出会える場ならどこでも現場で感じられる感情を鋭敏に共有した。EBS音楽プログラム<スペース共感>に出演した当時『この空間の空気まで記憶します』と話した彼だった。それだけ彼にとって観客との共感は深い余韻を残す媒体だ。

最近は韓国内のミュージカル市場が量と質的な面でめっきり成長したが、時々舞台と客席が水と油のように交じり合わなく調和しない作品と出会うときがある。俳優と観客の共感力不在から発生する現象だ。このような雰囲気ではいかに見所が多い素晴らしい作品だといっても、気まずくて不格好に感じられるものだ。俳優の熱演は不親切に感じられ、華麗な舞台装置さえ手薄に感じられがちだ。しかし、キム・ジュンスが出演する作品だけはこのような厳しい評価が不可能である。返って舞台と客席、俳優と観客の間で起きる共感指数はやや堅実ではない演出の作品だとしてもこれを十分に挽回して上回る。キム・ジュンスの演技は美学を完成させて、観客の呼応は余白を埋める。劇場は世代や地域、延いては国家と人種の間で起こる異質感の境界を乗り越えて調和する。ミュージカル<デスノート>はこれを確認するもう一つの場になった。

キム・ジュンスの「エル(L)」を送り、記者には一つの欲が生まれた。共感と質の強度を指数で測定できるメカニズムがあったら彼の公演でこれを測定してみたいという願いがこれだ。このような願いはキム・ジュンスの次期作品をいつ、どんな舞台で再び出会えるかという期待に繋がる。もう彼の次の「共感」が楽しみだ。今から心がソワソワする。

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